イエスさまとガリレオ

 ガリレオはイエスさまに似ていました。二人ともローマ帝国に反逆していた。イエス様の地上時代、ユダヤはローマ帝国の統治下にあった。ユダヤの法律によれば、神は唯一の存在である。そこにイエスさまが「私は子なる神である。」と主張した。これはユダヤの法律に触れることなので、逮捕され裁判に掛けられ、その結果、十字架刑になってしまった。

 ガリレオはイタリア出身でローマ帝国のおひざ元だったが、ローマ帝国では「天動説」を取っていた。そこにガリレオが現れ、「地球の方が太陽の周りを回っている。」と

主張し、ローマ帝国の立場に真っ向から対立した。そのことはローマ帝国の法律に触れることなので投獄された。

 ユダヤ人は「神は一人」と主張するところに、イエスさまは「私も神だ。」と複数の神を主張した。ローマ帝国は「天動説」を主張するところに、ガリレオは「地動説」を主張した。

 イエスさまは、そのことを必死に伝えた。しかしユダヤ人に、そのことは分からなかった。(もし、わかっていれば十字架に張り付けはしなかった。)ガリレオは、そのことを

必死に主張したがローマ人に、そのことは分からなかった。(当時の科学技術では一般人が理解するのは難しい。)

 本当のことを言っても、必ずしも人が理解してくれない場合がある。(それだけ、それまで伝えられてきたことが、昔からある言い伝えが正しいと人は思ってしまう。)

 新しいことの方が、いろいろな角度から見ているので正しいことが多い。また、客観的

に見ることは大切です。ガリレオは、この客観的に見れた人です。地球中心に考えるのでなく、地球をある程度はなれた所から(宇宙から)見れた。そこで「地球の方が太陽の周りを回っている!」という大発見をしました。人も「ある説」を中心に考えるのでなく、

「ある説」(地球)から離れ、客観的に「ある説」(地球)を聖書(宇宙)から見れば

「そうだったのか。」と、わかります。

 聖書を中心に考えることは、正しいパーツをジグゾーパズルにハメるように面白いように、次から次へパーツがハマっていきます。

無理やり入れられたパーツ

 これは前回、書いた混乱させるパーツと同じパーツのことです。

このパーツを誰かが勝手に聖書というジグゾーパズルに組み込みます。

それも無理矢理です。強引ですがパズルにハメ込むことはできますが、

その後が続きません。例えば、その問題のパーツを無理やり入れた後、

イエスさまがヨハネからバプテスマを受ける場面は説明できません。

(そのパーツに他のパーツをあわせることはできません。)

また、イエスさまがゲッセマネの園で祈る場面も説明できません。

 このように、重要な場面を説明できないとすれば、いつか「聖書は

難しい書物なので一人で読んでも分からない。」と言うことになって

しまうのではないでしょうか?その人にとって大変なことではないで

しょうか?いったい、それで誰が得をするのでしょうか?

 次に続かないパーツだったら無理やり入れないで、いったん外して

別のパーツに(創世記の中に正しいパーツは入っている)かえた方が

よいと思います。

混乱させるパーツ

 混乱させるパーツとは、ここでは、あえて書きませんが有名な、ある説のことです。

このブログを読んでいらっしゃる方なら、あの説のことだな。とすぐわかると思います。

 あの説は偶然にもガリレオが地動説を説いたローマ帝国で起こりました。ご存知のように、あの時代、ほとんどの人が(本心はどうだったか知りませんが)天動説を支持していました。そこにガリレオが現れ地動説を説きました。今ではガリレオが正しかったと誰でも言いますが、当時、彼は大変でした。ローマ帝国の政府に反逆者にされ投獄されました。でも「それでも地球は動いている。」と言いました。それに似たようなことが起こっています。ただ、こちらの説はローマ帝国の時代のまま、残ってしまいました。

この説は当時、ローマ帝国政府は何とかして周囲の国々を支配するために、それらの国々にある宗教と妥協して、それらの国の国民の感情を逆なでしないように、それらの国に昔からある言い伝えを残しつつ、キリスト教を伝えました。(あの説はエジプトのアレキサンドリアに昔からある言い伝えを残しつつ、その国の国民に妥協して納得してもらえるように作られた説です。)その結果、ローマ帝国はどんどん大きくなり、キリスト教を国教に出来ました。(しかし、本当に聖書の意味するところから離れてしまった代価はあまりに大きい)

 ガリレオの時代、宇宙から地球を見ればわかることでも、地球上にいる以上わかりませんでした。聖書も、そうです。人間の言い伝え(地上)から離れ、聖書(宇宙)から見れば、すぐわかります。