暖かく無関心なホッとする人(P君)5807話

12/ 4
6;30


 D君は昨日の出来事を思い出していた。(とにかく長く疲れた一日だった。でも昨日ほど
自分としては。何かを成し遂げたという満足感があった日もなかった。「案ずるより産むがやすし。」とは昨日みたいなことを言うんだろう。最初、教会についたらどのタイミングで
今まで「先生」と言っていたのを「SL」にすればいいんだうか?とそればかり考えていた
・でも行く直前になっていい考えが浮かんだ。「そうだ!津田牧師と二人だけの時に言えば
言いやすい。それには一番早く教会に行けばいいんだ。」
 それでリーナに「今日はやることが多いから朝8時にここを出たい。」と言った。リーナは「10時半からでしょ、礼拝は?そんなに早く出れば8時半には教会についちゃう。」と
言っていたが渋々承諾してくれtた。それで8時に出かけ、8時についたが会堂入り口の
大きい扉には鍵がかかっていた。「当然だよな。」と言って、開けてもらうことを口実に
一人牧師館に行った。
 「おはようございます、津田SL。」
                                     つづく

暖かく無関心なホッとする人(P君)5806話

 2023年12/ 3    
6;30
D君は少し疲れていた。が、それと同時にホッともしていた。それが何かと言うと、
11月23日教会の礼拝が再開される前に、教会牧師館に一人で出向いて、牧師と一対一で
マタイによる福音書23章問題について、思い残すところなく会話出来たからだろう。
 あの会話で今まで誰もできなかった、マタイによる福音書23章問題の、解決策の筋道を
付けることが出来た。それはまるで殺気だった8月の蜂の巣を見つけたはいいけど、誰も
怖くてできない蜂退治に、一人で向いて蜂退治スプレーを噴射するようだった。でも、
考えてみれば蜂退治スプレーの溶液は、蜂を眠らせる作用があるので、それを蜂に噴射した
後なら蜂の巣に近づいても反撃できない。そのように、たとえ相手が牧師であろうと聖書的なことなら、牧師も反論できないで大人しく聞くしかない。それを新参者のジャーナリスト僕だからできた。ジャーナリストは腑に落ちないことを見過ごすことができない。
 新参者と言っても初めて教会に来てから7年も経っているけど。皮肉なことに教会に来てから月日が経てばたつほど、このマタイによる福音書23章問題から目を背ける人が多い。
リーダーでさえこの問題に一切かかわらなかった。知ってか知らないか?多分気ついてはいたんだろうが。
 とにかく教会の礼拝が再開される前に、このことを牧師と個人的に話せたのはよかった。
これで今日からまた再開される礼拝が楽しみだ。他の信徒は唖然とするだろうが。
                                     つづく

暖かく無関心なホッとする人(P君)5805話

津田牧師 「それは先生以外に適当な呼び名が無いからじゃないでしょうか。」


D君 「それは勝手な思い込みにすぎません。他にもいくらでも呼び方はあると思います。
    なぜわざわざイエス様が最も嫌っている「先生」という呼び名を使うのですか?
    イエス様は言いました。「あなたがたの教師はただひとりしかなく、あなたがた
    は皆兄弟だからです。」(マタイ23-8)と。イエス様は私だけが「先生」なのだと
    。想像してみてください。今ここにイエス様がいたとします。そこに一人の信徒が  
    来て「先生」と呼びかけたとします。その時あなたは「なんでしょうか?」と
    言いますか?もし言うのなら、あなたはすぐそばにおられるイエス様に気づいてい
    ないと思います。気がついているのなら「私は先生ではありません。先生と呼んで    
    よいのはイエス様だけです。」と言うでしょう。
     それなのに自分を「先生」と呼ばせておいて平気なのは、心のどこかに自分は平  
    信徒とは違う、クリスチャンの中でも特別な存在だから先生と呼ばれて差し支えな
    い、と言う思いがあるからじゃないですか。」(彼はこの時とばかり、思い切って
    発言した。これでもし牧師が怒るようなら、こちら側は聖書に書いてあることを
    言っただけなので、牧師の方が間違っている。)


津田牧師 「それでは先生の代わりに何と呼んだらいいでしょうか?」


D君 「私が気に入っている呼び名は「サーバントリーダー」です。今はこの呼び名も徐々     
    に浸透してきていると思います。同じマタイによる福音書8章の11節では「あなた
    がたのうちの一番偉大な者は、あなたがたに仕える人でなければなりません。」と
    書かれています。サーバントは奉仕者という意味です。イエス様の願いは牧師は
    信徒に仕える人(サーバント)になることです。サーバントリーダーでは少し長い
    ので略してSLもいいと思います。是非とも津田牧師には信徒の先頭に立って、
    サーバントリーダーとなっていってほしいと思います。それで12月の第一日曜日
    から教会で津田牧師のことを津田SLと呼びますので。
                                     つづく