暖かく無関心なホッとする人(P君)5125話

9/26(日)7:55 D君(今日は日曜日なので聖書の御言葉を、習慣的に書き綴ることはしないつもりだったが(そうしなければいけないと思うことはちょっと違うと思う。)、それとは別にどうしても書きたいことがあったので、書くことにした。それはマタイ25-31~の
たとえ話。そこで最後にイエス様は「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」ーーーと言った。ここで重要なことは「わたしの兄弟であるこの最も小さい者」と言うところだと思う。私の兄弟=イエス様を信じる人達
。最も小さい者=ちょっとしたことでつまづき信仰を失う弱い人たち。ーーーーこうした人たちは教会では目立たない。でもそうした人たちをイエス様は一番大切にしている。そうした人たちのために、御自分の命を捨てられた。ーーーー旧約聖書を読んでいくと、だいたい
主に用いられた人の多くは、はじめ人に軽んじられバカにされている。が、そんな弱い人達
を用いて神の栄光を現す。ーーーーだからそうした人たちを決して軽んじてはいけない。
ーーーーここで一つ気が付いたことがある。父なる神様はドラマチックな方だということを
。プロ野球で9回裏2アウト満塁、3点差が一番盛り上がる。その時の打者に満塁ホームラン
を誰でも期待する。ーーーーその打者が「サヨナラ満塁ホームラン」を打った時ーーーーー
父なる神様も絶体絶命の時、奇跡を行なう。ーーーーその小さい弱いものがキーパーソン。


                                     つづく