暖かく無関心なホッとする人(P君)5100話

9/2(木)14:25 D君(「受け入れる」「まかせる」「ゆだねる」「信じる」「確信する」
これらの言葉はクリスチャン世界でよく使う言葉だけど、果たしてその本当の意味をどれだけの人が理解しているだろうか?気になっていたので考えてみた。まず「受け入れる」だけど、この言葉ほどわかりにくい言葉はないと思う。「イエス様を自分の救い主として受け入れます。」ーーーー受け入れるという場合はーーーーたとえば入れる対象物より大きい袋
などでないと、その対象物を受け入れられない。ーーーーイエス様を受け入れるということは、自分がイエス様より大きい存在でないと受け入れられない。ーーーー自分がイエス様
より大きい存在?ーーーー答えはNOだ。ーーーー前にも書いたがイエス様は大きいプール
のような存在で、誰でもそのプール(イエス様)に飛び込む人(信じる人)を受け入れてくれる。ーーーープール(イエス様)は受け入れるものでなくて飛び込むもの。
 次は「まかせる」。例えば「委任状」というものがある。本人が立ち会わなくても、それ
さえあれば本人の希望が叶えられる。ーーーー「イエス様に任せる。」それはイエス様と
親しい間柄で、普段からよく交わっていないと難しい。例えば、それほど親しくもない知り合いに「市役所に行って、僕の代わりに住民票を取って来てくれないか?」と頼んでも、
「なんで俺が君の代わりにそんな面倒なことをしなくちゃいけないんだ?」と、いい顔を
しない。ーーーーでも親友だったら喜んで、そのことをするだろう。
 次は「ゆだねる」。これもよく使う言葉。「イエス様にすべてをゆだねる。」ーーーー
「すべてをゆだねる」と言っておきながら、自分で「もし万が一のことがあったら、困るので~。」と言って予防線を張る人がいるが、その人は本当は「ゆだねていない。」ーーーー
イエス様は福音書で汚れた霊に取りつかれた子を癒す奇跡を行なったが、(マルコ9-14~)
そのとき彼の父親がまさにそんな人だった。その人はイエス様に息子を救ってくださいと
懇願したが、そのときこんな失礼なことを言った。ーーーー「幼い時からです。霊は息子を
殺そうとして、もう何度も火の中や水の中に投げ込みました。おできになるなら、わたしどもを憐れんでお助けください。」これを聞いてイエス様は激怒した。「「できれば」と言うか。信じる者には何でもできる。」ーーーーこの人は「イエス様は自分の息子を救えないかも知れない、でもできるかもしれない。できるのだったらそうしてもらいたい。」という、
どう転んでもいい、変に期待して裏切られたらくやしい。という後ろ向きな思考の持ち主だった。ーーーー言ってみれば50%50%どう転んでもいい、というものだった。そのいいかげんな信仰にイエス様は激怒した。信仰は「イエス様はどんなことでも出来る。100%だ。」
という100%しかない。信仰はあるかないかのどちらか。
 次は「信じる」。これほど意味がよくわからないのに軽々しく使われる言葉はないと思う
。ーーーー「私はイエス様を自分の救い主として信じています。」「私はどんなことがあってもイエス様を信じます。」誰でもクリスチャンになった頃はそういうだろう。でもこの
言葉、誰かが言ったことに似ている。そうペテロだ。彼はイエス様が十字架に張り付けられる前の晩(最後の晩餐)の席で、「たとえ、みんながあなたにつまずいても、わたしは決してつまずきません。」(マタイ26-33)ーーーーこのあと彼の自信は簡単にくずれた。どうしてか?それは彼はそれほど親しくイエス様と交わり知っていなかったと思う。ただ自分
の意思の堅さに頼って、「自分は他の弟子たちとは違う。そんじょそこらの柔な連中とは
ちがうんだぜ。」という少し硬派気取りだったと思う。ーーーーそれに対し、十字架で息を
引き取るまでイエス様の身元にいたのは、最年少のヨハネだった。彼はペテロのような大きな発言はしなかったが、12弟子の中で他の誰よりも、いつもイエス様の近くにいた。また
自分はイエス様に愛されているという自覚があった。ーーーーこれはペテロとは対照的。
ペテロは意思(ベクトル)がイエス様に向かっていたが、ヨハネは逆にイエス様の方から
自分に意思(ベクトル)が向かっていることをひしひしと感じていた。だからいつもイエス様に信頼していた。この相手を信頼することこそが「信じる」と言うことだと思う。それは自分の意思の強さとは関係ない。
 最後に「確信する。」だが、これは最上級の「信じる。」だと思う。でもちょっと変だと思う。「確信はないけど信じます。」では、マルコの福音書に出て来た先のイエス様を激怒させた人と同じで、100%信じていなかった人のよう。だから信仰とは100%(確信している。)信じている。のほうが正しいと思う。「確信する。」でなくて「確信している。」
だと思う。
                                      つづく