暖かく無関心なホッとする人(P君)5066話

8/10(火)10:30 D君(一日遅れで夏の甲子園の大会が始まった。無観客のせいか甲子園球場がいつもより広く感じた。ーーーーお盆休みだが、実家の山梨には帰らないことに決めた
。というか向こうだって、東京から帰省する家族がいれば迷惑だろう。近所の噂になってしまう。ーーーーということでこの1週間はステイホームすることにした。というか前から
テレワークで自宅で仕事をしていたので、あまり変わらない。ただ会社の仕事がないので、
時間がたっぷりある。ーーーー前から「瞑想」に興味があった。それは聖書の福音書で
イエスさまが時々していたからだ。イエスさまですら、そうすることが必要だったのなら、
ただの信仰者にもそうすることが必要なんじゃないか?と思っていた。ーーーーでもいったいどうすればいいのか?わからないので、パソコンでいろいろ調べてみた。それによると
「朝起きた後がいい。ただ座って目を閉じて、意識を「今、目を閉じている。」ということに集中する。ーーーーが、他の考えが浮かんで来たら、それを考えることをやめ、また「今
、目を閉じている。」ことに意識を持っていく。目を閉じていると、「眠くなってしまうんじゃないか?」と思う人もいるかもしれないが、朝、十分寝て起きた後だからその心配は
ない。ーーーーそれで福音書では「朝早くイエスは祈りに出かけた。」と書いてある意味が
わかった。このときイエスさまは祈りとセットで「瞑想」も行っていたと思う。ーーーーー
ーーーー偶然にも昔学生のころ聴いていた。(高校生)ビートルズのアルバム「リボルバー
」に収録されていた「tomorrow never knows」と言う曲を思い出したので、久しぶりに聴いてみた。この曲は「瞑想に適した」曲で他に比べられない曲だと思う。ーーーーまるで自分
が死ぬときはたぶん頭の中でこんな音楽が流れ、肉体から霊魂が出て行くんだろうと思う。
そのときは決して苦痛はない。(使徒の働き7章でステパノが殉教の死を迎えるとき、彼は
眠りについた。と書いてある、石打の刑を受けていたのにもかかわらず、彼は眠るように
穏やかな音楽を聴いていたと思う。
                                     つづく