「時代錯誤」

 AC313年ミラノ勅令が起こったころ、日本はまだ弥生時代でした。
遠い異国で起こった事件は後の時代の日本にも影響を与えました。
明治時代になった日本は西洋の物なら何でも良い物だと思い、訳も
わからず取り入れました。ちょうど幼子のようでした。「あの説」を
作ったローマ帝国は、AC1453年に滅亡しましたが、どうゆうわけか
「あの説」は生き続けています。普通、国が亡びると、その国の法律
は無効で、亡びた国を支配している国の法律に取って変わります。
 エジプト人の為だけに急遽その場しのぎで作った「あの説」を、
いまだにキリスト教先進国の正当教義という理由だけで、それが聖書的
か確かめもしないで使用しているのは、余りにも西洋の物は良物という
変な劣等感が日本人にはあるからでしょうか?
 元々「あの説」が出来たのは、ヨーロッパではなくアフリカの
エジプトです。そんなにエジプト文化には憧れは無いと思います。
ところが、それがイタリアに渡って発表されると急に価値が上がるよう
です。そんな理由で「あの説」も当時の日本のクリスチャンに何か
知的でインテリジェンスを刺激していたのでしょう。そこには本当の
知性の、かけらもありませんでした。あるのは西洋文化に盲目に追従
することでした。
 弥生時代に人間によって作られた「あの説」は、不完全な火打石の
ようです。普段はただの石ですが、必要な時、人の努力によって火を
起こしますが、誰がやっても起こせるという物ではありませんでした。
今は誰がやっても火を起こせる物は沢山あります。真実(聖書的)な
ものは誰がやっても火を起こせる。(誰でも理解できる。)
 にもかかわらず、いまだに火打ち石(「あの説」)を使って火を
起こしているのは、素人には火を起こせないでしょう。というのを見
せつけたいからでしょうか?(信徒に聖書理解は難しいと思わせたい
のでしょうか?)
 「あの説」さえ取り除けば、聖書を理解できるようになります。