「規制線」
規制線と言われて思い出すのは福島の原発事故の立ち入り禁止区域
で、張られた黄色いテープです。これ以上近づくと放射能汚染される
ので規制線を張る、それは理解できる。が、逆に規制線から出ようと
する者に異端者のステッカーを張る、規制線の中に居て害がなければ
そうする人もいるかも知れませんが、規制線の中は聖書不理解という
害があります。その中に居るクリスチャンは聖書を理解できなくなり
ます。その規制線の名は「あの説」です。
その昔、AC313年にローマ帝国のアタナシウスが「あの説」という
規制線をローマ帝国全域に張り巡りました。これを例えるなら、ある
高校の校則にパーマ禁止があったとします。その高校の生徒は、その
校則に縛られているかも知れませんが、卒業したり中退したら、その
校則から解放されます。つまり「あの説」という校則はローマ帝国と
いう学校でのみ通用します。その学校は閉校となり既に存在しません。
それなのに存在もしない学校の校則を持ち出して、パーマをしている
学生に見える人(クリスチャン)に向かって「校則違反だ。」と言う
なら、その人は頭のおかしい人です。こんなことがキリスト教社会で
通っていることは、大きな問題です。自己改革システムが崩壊した狂
った巨大マシーンのようです。
その狂った一例を書きます。それは創世記の3章22節にあります。
主なる神は言われた。「人は我々の一人のように、善悪を知る者とな
った。今は、手を伸ばして命の木からも取って食べ、永遠に生きる者
となるおそれがある。」
ここに登場する主なる神とは子なる神様(イエス様)のことです。
この時、主なる神が誰かと会話しています。我々の一人と言っている
ので、後の二人は父なる神様と聖霊様です。この時、神の国(天上)
では三人の神による会議が行われていました。会議の結果、主なる神
の出した提案に異議を唱える神は無く、主なる神の意見が通りました。
このとき主なる神は、こんなことがあり、このまま放っておいたら
もっと困ったことになると思います。と提案しました。もしこの場合
一人の神だとしたら、提案するも相手いないので黙って実行するでし
ょう。「あの説」では、一人の人だが三人いて、その三人は会話も出来る
そうです。まるで一人の人で首から上が三つある化け物です。これが
神様の姿と違う重要な証拠があります。それは創世記1章26説です。
神は言われた。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして
海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」
つまり人間は神様の姿に似ていると言う事です、逆に言えば神様は
人間の姿に似ていると言う事です。だから創世記3章22節の場面に
戻ると、この会議のシーンが目に浮かぶようです。この会議室には
三つの椅子が用意されていました。父なる神様と子なる神様(イエス様)
と聖霊様です。この三人は人間のような姿をしています。
これが聖書的な神様の姿です。「あの説」の神様は非聖書的な人間
の想像上の化け物のようです。何度も書きますが「あの説」の神を考
えたアタナシウスという人はクリスチャンでも何でもなく、太陽三神
崇拝者でした、ローマ皇帝コンスタンティヌスの命令で、どうしたら
太陽三神崇拝者のエジプト国民を名ばかりのクリスチャンにできるか
という、はじめに「あの説」ありき、で始まりました。最初に枠組み
を作っておいて、その中に入らないと異端者のレッテルを張り、皆
仕方なくクリスチャンになりました。(エジプト国民の本心は以前の
太陽三神崇拝者のままです。)
クリスチャンの皆さん、どうか心を白紙にして創世記を読んで下さい。
創世記に正しい神様の姿が書いてあります。人間の想像上の神様の姿
に騙されないで下さい。
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