暖かく無関心なホッとする人(P君)2845話

午後5時55分、D君はリーナの実家の台所でいつものようにカレーを作っていた。
カレー鍋の中身をかき混ぜながらD君は大学時代のことを思い出していた。
D君 (大学時代は将来美人妻の実家で、こうして毎週日曜日の夕飯カレーを
作っているなんて0.1%も予想していなかった。大学生の頃は親友の隆一や聡と
今度の日曜日は何をして時間を潰そうか?とか、この間の「涼宮ハルヒの憂鬱」
を見たかとか?今考えれば本当にくだらないことばっかだった。まあそれは若い
からゆるされることだったんだな。今思い出した、「涼宮ハルヒの憂鬱」の
第12話から19話まで、同じ内容のアニメだった。これはエンドレスエイトと言って
今でも伝説になっている。はじめはなんか変だなぐらいにしか思っていなかったが、
それが3回4回と続くうちにだんだんイライラしてきて「いったいいつになったら
終わるんだ。」という怒りに変わって来た。でもこれは意図的に8回で終わった。
8回には意味がある。8と言う数字を横にすると。エンドレス、つまり永遠になる。
変な話だけど永遠と言うのは、このアニメのこの時のように終わったと思ったら、
次週また先週と同じ内容のアニメを見ている様だと思った。でもその内容は
高校の夏休みで男2人女3人の仲良しグループの話で、こんな夏休みだったら
終わらないで欲しいと当時思っていたのを思い出した。
                                 つづく

暖かく無関心なホッとする人(P君)2844話

 午後4時30分、
D君 「リーナ、何時にここを出ればいいかな?」
リーナ 「うーん、そうねえ。実家までここから車で30分だから、5時にここを出れば
     5時半には着くから、着いたらすぐカレーを作れば6時15分頃には食べれる
     んじゃないかな。」
D君 「そうだね。じゃあここを5時に出ればいいから、まだ30分あるね。」そう言って
またまったりしはじめた。次に思い出したのは、ニュースの京都アニメーションの事
だった。確か「涼宮ハルヒの憂鬱」や「けいおん」のアニメはここで作られたと思う。
そういえば「涼宮ハルヒの憂鬱」は、まだ大学生のころよく見てたな。あれからもう
15年も経つのか。わがままなハルヒによくもまあキョンはついて行ったな。何の意志
もないキョンだからこそハルヒに付き合えたんだと思う。キョンのような人しかハルヒ
と付き合えないだろう。言ってみればハルヒは剛速球は投げるけどノーコンのピッチャー
、その何処に飛んでくるかわからない速球を捕球する名キャッチャーがキョン、という
所だろう。名バッテリーだよな。夫婦でいえばリーナがピッチャー、それで僕がキョン
のようなキャッチャー。でもリーナは結構コントロールがいいから捕球するのは楽だ。
どっちにしろ妻がピッチャー、亭主がキャッチャー、これさえ覚えていれば夫婦は上手く
いく。そんなことを思っていた。
                                   つづく

暖かく無関心なホッとする人(P君)2843話

 D君は続けて考えていた。(旧約聖書で父なる神様は、繰り返し「心を頑なにしては
いけない。」と言っている。にもかかわらずエジプトを脱出したイスラエルの民は
事あるごとに心を頑なにした。頑なって言うことは、つまり自分の考えにこだわって
他人が「こうした方がいいよ。」ってアドバイスしても、その考えを少しも聞こうとしない状態。自分の考えでパソコンがフリーズした状態。こうなるとにっちもさっちもいかない。この状態になるとどうしようもない。とにかくフリーズした画面を元に戻すのが先決
。これが悔い改めだろう。思い出したのは民数記で、カナンの地の直前まで来たイスラエルの民に神様は「攻め上れ。」と言ったのに、イスラエルの民はカレブとヨシュアを除いて心を頑なにして「あの地の民は巨人でとてもじゃないが勝てない。」と思い、神様の
御言葉に逆らった。これは代表的な心を頑なにした状態だ。この状態を神様は非常に嫌う
。こうなると神様は怒ってその人から離れ去る。フリーズだ。この時まずやらなければいけないことは悔い改めだ。すると神様は再び元の状態に戻して下さる。頑なにならないようになるには、自分の考えを持たないことだ。それで思い出したのは新約の福音書で
イエス様は「幼子のようにならないと神の国に入ることはできない。」と言ったことだ。
幼子は自分の考えを持っていない。誰かの言ったことを素直にその通りするだけだ。
そのときなぜか車がカーブするときを思い出した。一見この二つはなんの関係も無いような気がするがD君は知っている。この二つを脳のシナプスで繋ぎ合わせると、なるほど、と言うことになる。D君は車が好きだが、そんなに車のメカニズムに詳しくなかった。
車がなぜカーブできるか?なんて考えたことが無かった。でもよく考えてみると、ものすごく不思議なことに気が付いた。だってFFの車がカーブする時、もし右折だったら右の前輪の回転数と左の前輪の回転数は違う、左の前輪の方が忙しく回らないと車はカーブ
できない。つまりエンジンで作られた動力は左右の前輪が必要な分ずつ割り振らないと
いけない。少し車に詳しい人なら、「それはデファレンシャルギアのおかげだよ。」と
簡単にわかるけど、女性にこれを説明するのは難しい。(興味のある人は「ディファレンシャルギア」で検索してください。)このときこの二つのシナプスが結び付いた。
デファレンシャルギアの中心にスパイダーギアと言う富士山のような不思議な形のギアが
組み込まれている。このギアを考えた人は天才だ。このギアがあるおかげで左右の前輪が
必要な分だけ違う回転力、回転数が割り振られる。まるで生きている天才仲介者みたいだ
。このギアは全くフリーなギアだ。ハンドルの動くまま右に左に回転する、自分の意志はない。わかった。このギアのような心の状態を父なる神様も望んでいるんだ。これは
頑なな心の状態と全く逆だ。もしこのデファレンシャルギアが無かったら車はカーブできない。それほど重要なギアだ。これで一見無関係な二つが結びついた。神様はこのギアの
ように自分の意志を持たないフリーギアになってもらいたいんだ。考えてみれば始めから
自分の意志が無かったら、神様の言われるままに動けるから悩むこともないしストレスも
ない。)そんなことを思っていた。
                                     つづく