「組み合わさったジグゾーパズル」

 前回、十戒石板に書かれている私の中に「我々」が含まれている
ことを説明しました。そのことに関連していることも書きたいと思い
ます。ここで整理して置きたいのですが、十戒石板に書かれた「私」
は父なる神様です。その「私」に切っても切れない関係の家族の
ような「我々」(子なる神様{イエス様}と聖霊様)という二人の
神様がいます。
 この三人の神様は野球の監督とピッチャーとキャッチャーの関係
です。この三人の心はチームの勝利を目指し心は一つですが、三人
とも違う人格の持ち主ですから、タイムを取って、よく話し合わない
と、作戦が一致しないこともあります。(ゲッセマネの園で祈る場面
で、イエス様と父なる神様の意見が、なかなか一致しなかった。)
これで理解できたと思います。
 「あの説」は三つにまして一人の神と言っています。これを野球に
当てはめてみると、監督もピッチャーもキャッチャーも全部ひとりで
やらなくてはいけないことになります。それはおかしいと誰だって思
います。