暖かく無関心なホッとする人(P君)1438話

 午後7時30分、
その後、モーセは再び山に登った。今度は神様から直接聞いた御言葉をモーセが自分で
書いた。この個所を良く考えないで読んでしまう人は多いけど、彼は前から何か変で心に
引っかかるところだった。それは創世記で神様は御自分のことをオープンにして、何も
隠さないでアブラハムたちに知らせ、彼らの失敗に対し寛容でいたのに、彼らが十戒を
犯し偶像礼拝をしてから厳しく、寛容とは、ほど遠い方になったからだ。
先日将棋の藤井四段の強さの秘訣がTVで放送されていた。それは対戦中、彼は対戦相手の後ろ側に立ち、対戦相手になりきり、どんな手を次に打つか読んで、それに対抗する
作戦を考えていた。それからヒントを得た。藤井四段のように自分も父なる神様の方から
イスラエル人を見れば、神様が気持ちを込めて書いた、最初の十戒石板を無視され
、これを砕かれたら怒るだろう。そんな酷いことをされて、再びモーセが十戒をもらいに
来ても同じものを与えただろうか?もし前と同じことをされたらたまらない。そこで前
とは違う内容(例えば、主は一人の神)と違う方法を取ったのだと思う。
そこまでは前からわかっていた。でも最近その「砕かれた最初の十戒石板」に書いてあったことがわかるような気がしてきた。それは砕かれた十戒石板の破片は創世記の内容を
元に書いてある。それは当然だ。創世記で御自分のことをアブラハム達に知らせたの
だから、もし偶像礼拝をしなかったなら、その子孫のイスラエル人達にも御自分のことを
もっと詳しく知らせたはずだ。
                                    つづく